博士(農芸化学) 佐無田 隆
内 容
はじめに
1 単式蒸留機の構造
2 単式蒸留機に関する基礎的な事柄
3 単式蒸留機の機能
4 有孔棚段付多機能単式蒸留機開発の目的
5 有孔棚段付多機能単式蒸留機(試案)
6 再蒸留型蒸留機に関する研究及び実証蒸留機
7 再蒸留型単式蒸留機(試案)
8 循環型単式蒸留機(試案)
9 香気成分の抽出蒸留び不揮発性有用物質の抽出・濃縮
10 有孔棚段付多機能単式蒸留機のまとめ
11 関係特許公報及び研究報文
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はじめに
世界には色色な蒸留酒があり、種種の形の単式蒸留機が用いられていますが、どうして多様な形の蒸留機が使用されているのでしょうか?
これは、デザインの好みだけではなく、蒸留機の形が変わると蒸留酒の香味が変わるからです。
多様な形について、長年にわたる試行錯誤の結果、原料、嗜好、気候風土などに最もふさわしい蒸留機の形が選択され、使い続けられているものと推察されます。
蒸留機の形が変わると表面積や蒸気の流れが変わり、蒸留機内での蒸気温度低下により生じる凝縮液量も変わります。蒸気の一部が凝縮(分縮)すると、残りの蒸気の組成が変わるので、留出液の組成も変わり、結果として蒸留酒の香味が変化します(第3章)。
蒸留機の形は簡単には変えられないので、一基の蒸留機で製造できる蒸留酒のタイプは限られており、蒸留機ごとに蒸留酒の香味は異なります。
しかし、蒸留機の形を変えないで、色色な香味の焼酎が蒸留できないものでしょうか?

モルトウイスキーは単式蒸留機で2~3回蒸留されますが、1回目の蒸留による留出液のアルコール濃度は約25%です。芋焼酎の場合、留出液のアルコール濃度は約37%であり、米や麦などの穀類が原料の焼酎の留出液は約44%です。蒸留酒の種類によって留出液のアルコール濃度が異なるのは、発酵の終わった醪(もろみ)のアルコール濃度が異なるためで、ウイスキーの醪のアルコール濃度は約7%、芋焼酎の醪は約14%、穀類が原料の焼酎醪は17%前後です。醪のアルコール濃度により留出液の濃度が異なる原因は、後に述べるように、従来の単式蒸留機では、留出液のアルコール濃度の調節が難しく、調節できる範囲が狭いためです(第3章)。
酒税法では単式蒸留焼酎のアルコール濃度は45度以下と定められています。色色な原料を用いて仕込んだり、山野から採取した酵母を用いて仕込むと、香りは良いのに醪のアルコール濃度が低いことがあります。蒸留後貯蔵される原酒は、規定内でアルコール濃度は高い方が良い(貯蔵タンクを小さくすることができる)ことから、醪のアルコール濃度が7~17%と異なっていても1回の蒸留で44%程度の留出液が得られないものでしょうか?
連続式蒸留機は、化学工業や石油工業において、広く使用されています。燃料用であるガソリンや重油の蒸留は別として、化学工業用に利用されている精留塔は、多成分を含む溶液から特定の物質をなるべく純粋に分離する装置です。蒸留は化学工業を支える基礎的な技術で高度に発達しており、蒸留技術は、ほぼ完成された技術と言えるかも知れません。
単式蒸留焼酎(以下焼酎(単))は、純粋なエタノールの水溶液であれば良い訳ではありません。単式蒸留機による留出液に含まれる微量成分の含有量と組成が、蒸留酒のおいしさの鍵です。
空筒型単式蒸留機は薬缶と同じような形をしており、醪を加熱し、流出する蒸気を冷却して蒸留酒を得るだけで、蒸留酒の香味をコントロールすることはできません。
空筒型単式蒸留機とは異なる香味の蒸留酒を蒸留する方法として、減圧蒸留機(文献 0-1)、分縮機内蔵蒸留機(文献 0-2)及び棚段付単式蒸留機(文献 0-3)等が報告されています。それぞれ、特有の蒸留機能を有していますが、減圧蒸留機以外は広く使用されていません。

蒸留酒の世界には伝統を重視する考えがあります。「昔ながらの伝統を大切に蒸留酒を造っている」という言葉をしばしば目にします。一部の芋焼酎や泡盛の製造に用いられている伝統的な木樽蒸留機は、原料特性の豊かな焼酎製造に向いており、根強い人気があります。しかし、樽材で大型の蒸留装置を作るのは困難です。木樽蒸留機の特長は理論的に説明することができます(Ⅰ-5-6 )。長年、好評を得て使用されてきた装置には、それだけの理由があるはずですから、理論的に解明すれば、昔どおりの姿、形でなくても、新しい装置にその特長を生かすことができると考えられます。
ポットスチル型蒸留機も、内部に孔のある棚段を設け、その孔に各種部品を着脱すると、蒸留機能を変更し、多様な蒸留を行うことができます。ポットスチル型蒸留機の内部に、孔のある棚段を有する蒸留機(文献 0-4)を、以後「有孔棚段付多機能単式蒸留機」と呼びます。常圧・減圧兼用単式蒸留機も多機能単式蒸留機の一種と言えますが、有孔棚段付多機能蒸留機も常圧・減圧兼用機とすることによりさらに蒸留機能が増加します。
「有孔棚段付多機能単式蒸留機」は、従来の単式蒸留機のようなワンパターンの香味の焼酎ではなく、通常の単式蒸留機より濃厚な香味の焼酎から、通常の単式蒸留機で2回以上蒸留したような淡麗な香味、またはこげ臭の低い香味の焼酎を、造り分けることを目的としています。
有孔棚段付単式蒸留機に、部品を取り付けて内部構造を変更する一つの形式である「再蒸留型蒸留機」は、既に報告した形式の蒸留機(文献 0-5)ですが、本記事では実証蒸留機による試験結果(Ⅰ-6-4 )も合わせて記載ました。
蒸留機能を変更するもう一つの形式は、棚段式精留塔の一段分に相当する「循環型蒸留機」です(Ⅰ-8)。この形式は棚段にバブルキャップ(泡鐘)を装着するのですが、焼酎(単)製造用として、碇らは2段式の泡鐘棚段付単式蒸留機について、高沸点成分濃度が低下したと報告しています(図0-2、文献 0-3)。また、減圧蒸留機において、飛沫同伴(缶液の泡立ちに伴う飛沫の流出)防止のため、数段の泡鐘棚や多孔板棚が濃縮塔に設けられている場合があります(図0-3、文献 0-1)。泡鐘棚や多孔板棚は精留機能が高く、焼酎(単)の香味は淡麗になるので、淡麗な香味の焼酎(単)を製造したい時にのみ、選択できるようにするのが望ましいと考えられます。

清酒や焼酎(単)を製造する場合、製品のコンセプトを実現するために、原料、麹菌、酵母及び発酵条件等について、それぞれ多くの選択肢の中から最適の物または方法を選択することができます。焼酎(単)の場合は、さらに有孔棚段付多機能単式蒸留機を用いることにより、多くの蒸留方法の中から最適な蒸留方法を選択することが可能となります(Ⅰ-4以降参照)。
この章の最終改定日 2023年1月9日
引用文献
(0-1)永谷正治:本格焼酎製造技術(日本醸造協会)、p.192~195(1991)
(0-2)盛満祐造、鮫島吉廣:本格焼酎製造技術(日本醸造協会)、p.173~191(1991)
(0-3)碇 醇、 幡 手 泰 雄、西 野 剛、 飯 山慎 哉、浜 崎 幸 男:「棚段付単式蒸留機による焼酎もろみの蒸留試験」、化学工学論文集 17、p22~28 (1991)
(0-4)佐無田隆、蒸留装置及び蒸留方法:特許第6617989(2018)
(0-5)佐無田隆、園田 直、西 祐馬、「二缶式回分蒸留機による焼酎醪蒸留における留出成分の制御」:醸協105, 245-257(2010)
(0-6)佐無田隆、蒸留方法及び蒸留装置:特許第4898358(2006)
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